カウンセリング

カウンセリングに意味はないの?

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カウンセリング 意味

「カウンセリングに意味はあるの?」

この質問、カウンセラーとして、よく質問を受けそうな内容に見えますが、実はこの質問を受けることはあまり多くはありません。
当然ながら、カウンセリングを受けにくる人たちは「意味がある」と感じている一方で、カウンセリングに興味のない人たちはそもそも受けには来ないモノです。

すなわち「困ったな~」「悩んでるな~」と思った時に、カウンセリングというところは「とりあえず行ってみよう!」という場所ではない、ということです。

でも、人が悩みや不安を抱えたら「とりあえず行ってみよう!」と思える場所になって欲しいという想いを持って、この記事を記載しています。

カウンセリングが無意味だと思っている人が、もしこの記事を読んだ後に、「意味があるのか?」という問いに対する答えを見つけれたらと思います。

カウンセリングの目的は何なのだろう?

友人のAさんが「マッサージに行く」と言っていたら、その目的はカラダの疲れをほぐすことだと分かりますね。

友人のBさんが「カウンセリングに行く」と言っていたら、その目的はココロの疲れをほぐすことだと分かりますね。

でも、一般的にはマッサージに行くと言っていたAさんよりもカウンセリングに行くと言っていたBさんのことだけが心配になります。

つまり、カウンセリングに行く目的はみな分かっているのですが、その捉え方が「特殊」になってしまっているのが現状です。

日本には昔から「忍耐」、耐え忍ぶという文化があります。つまり、「我慢を美徳にする」文化があります。

その文化的な背景があるからこそ、カウンセリングに行くことへの「過剰な反応」が起こるのでしょう。そして、その過剰な反応があるからこそ、カウンセリングに行く人も「カウンセリングに行く」とは言いづらいのでしょう。でも、カウンセリングに行く目的は誰もが知っています。

目的はココロを整理すること

人は一人で悩み、考えたとしても、その悩みを簡単には解決できないものです。むしろ、一人で悩みや不安について考え始めると、どんどん悪い方向に考え込んでしまうというような特性を誰もが持っています。その悩みや不安を抱く時間や期間が長くなるにつれて、ひどい時はパーソナリティ障害につながることもあります。

交通整理が出来ていない横断歩道は怖くて渡れませんよね?

カウンセリングとは、交通整理のようなモノです。我慢を美徳とする文化は、自然災害や思わぬ災害があっても、ひたすらに収穫の時を待つ農耕民族特有の性格だとも言えます。

でも、必ずしも我慢を出来る人たちばかりではないはずです。我慢し続けることはココロを整理することとは異なります。

カウンセリングの目的の一つはココロを整理することです。不安や悩みで渋滞の起きている「思考」という街の交通整理をする「意味」はあるでしょう。

目的はストレスを発散すること

人には、話しをすることでストレスを浄化するカタルシスという機能があります。

イライラする出来事があった時に人は人に話しをするだけで、そのストレスを緩和することが出来るのです。すごく単純で、すごく簡単なストレスの発散の仕方、その方法が人に話しをすることだとしたら、カウンセリングという場所には「意味」があるでしょう。

つまり、カウンセリングに、目的があれば、当然にその意味合いも明確になります。

カウンセリングに来る人のなかにも明確な目的意識を持って来る人がいます。

例えば、「自分のネガティブな思考を止めたい」や「イライラしやすい性格を直したい」などです。こういった目的があるからこそ、カウンセリングには意味があります。他の様々なサービスなどでも共通しますが、

「目的」が存在すれば「意味」が必然的に存在する

ということです。

意味を求めるのではなく、先ずは目的意識を持つことから「カウンセリングを受ける」意味が生じるようになってきます。

カウンセリングの方法は何なのだろう?

目的については、理解してもらえたのではないでしょうか?

では、実際にカウンセリングに行った際に気になる、このカウンセリングの方法というお話し。

非常に厄介ですね、、、この「方法」論が不透明なことがカウンセリングを曖昧なモノにしてしまっている原因の一つだと考えられます。

つまり、どのようなところで何をするのかは具体的に分からない人が多いのです。

友人のAさんが「マッサージに行く」と言っていたら、その方法はおよそは分かりますね。

友人のBさんが「カウンセリングに行く」と言っていたら、その方法は“何となく”分かりますね。

ただ、この「何となく」に大きな課題があります。カウンセリングでの方法の何となくは「何となく話しをする」という、本当に何となくの理解になってしまっているのです。

マッサージであれば、およそ検討がつくモノのなかに指圧?整体?ほぐし?ストレッチ?などのイメージができますが、カウンセリングでの“何となく”は本当に何となく話す、ということ以外になかなかイメージがつきません。

カウンセリングの方法がメジャーになれば、カウンセリングに行く意味も分かりやすくなるのではないでしょうか。では、カウンセリングを受ける際に、その方法である「心理療法」について見ていきましょう。

「心理療法」という言葉の持つ難しさ

カウンセリングを受けるとき、その方法として「心理療法」という言葉があります。認知行動療法や箱庭療法など「〇〇療法」と言われるモノです。

私たちは「ここがpoint!!」だと考えています。

気軽にカウンセリングを受ける時に「心理療法」という言葉が出てきたら、もはや気軽ではない印象ですね。

この方法論がより一般的になっていないからこそ、カウンセリングのイメージが濁ってしまうのです。

言葉の持つ定義をもっと明確にしないと「意味」も明確にはなってきませんね。

日本では「来談者中心療法(クライアント中心療法)」という方法論が一般的です。

但し、この来談者中心療法という言葉も含めてあらゆる「心理療法」という言葉はできる限り活用を避けて、

『学問的に心理学を学んだ人たちが「話しを聴く」』

これがカウンセリングの方法であるという共通認識が先ずスタートになればいいですね。

心理カウンセリングは専門分野がより特化されていくことで、細かなクライアントのニーズに対応できるような医療的な側面を加速させています。

でも、もしも、本当に少しでも多くの人たちに心理カウンセリングを受ける流れを構築する必要があるなら、少なくとも専門性を押し出すことは控えたい気持ちにもなります。

カウンセリングはサービスなのか?治療なのか?

「ここがpoint!!」が2つ目になってしまいますが、「カウンセリングって意味があるの?」という質問に立ち返って考えると、このカウンセリングという言葉の持つ守備範囲が広すぎることが、カウンセリングの解釈をミスリードする原因になっているとも考えられます。

カウンセリングがサービスとして位置づけられるモノであれば、多くの人がその必要性を感じることを出来ると思います。でも、カウンセリングが治療(医療)として位置づけられるモノであれば、特定の人が必要性を感じるモノになってしまいます。

カウンセリングという言葉が指しているモノが、

サービスなのか?

治療(医療)なのか?

この言葉の曖昧さをクリアに出来れば、カウンセリングはもっと一般的なモノに代わると思います。

でも現状は、カウンセリングという言葉の定義が極めて曖昧なモノになっているため、解釈も曖昧になってしまいます。

まとめ

カウンセリングという言葉が持つ守備範囲が広すぎて、

カウンセリングに意味があるのか?

という質問の回答が難しくなっているわけです。

「カウンセリング=〇〇であり、この〇〇に意味があるのか?」

という問いから始めなければ、答えは見つからないのかも知れません。

最後に、シンプルに、かみ砕いて考えてみようと思います。

カウンセリングを「話しを聴く」サービスとして捉えた場合に、話しをすることでストレスを発散できるAさんが、話しをしたくて、カウンセリングを受けたとします。

Aさんにとってカウンセリングは意味があると思いますか?

1、意味がある

2、意味がない

ほとんどの人は「1、意味がある」と回答するはずです。

では、次の問いとして、

カウンセリングを「認知行動療法」という心理療法で捉えた場合に、ネガティブな考え方をしやすいBさんが、その考え方や物事の判断を変化したくて、カウンセリングを受けたとします。

Bさんにとってカウンセリングは意味があると思いますか?

※認知行動療法…物事の捉え方を変化させる療法

1、意味がある

2、意味がない

ほとんどの人は「1、意味がある」と回答するはずです。

つまり、カウンセリングを受ける対象とカウンセリングの方法が一致した場合に、カウンセリングは意味があるものになります。

「目的に方法が合致していること」

で初めて、「カウンセリングに意味がある」という回答になります。

カウンセリングは無意味なのでは!?と思っている人がもしこの記事を最後まで読んでくれているとしたら、

「目的」と「方法」が合致すれば、カウンセリングは意味あるものだ、という認識をしてもらえたらと思います。

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